| 日本語には曖昧語が多い。ただファジーなだけなら良いが、肯定、否定の両方にとれる言葉があるので始末に悪い「いいです」「結構」「大丈夫」などだ。「風邪気味のようですが?」「大丈夫です」は、「健康状態に問題はないので心配しなくても大丈夫」という意味だ。しかし「コーヒーのお替わりいかがですか?」「大丈夫です」は、「いいえ、いりません」という意味。元を辿ればどちらも否定ではあるが、前者はポジティブ、後者はネガティブな印象を与える。 |
このコラム12年分ダイジェスト
〜プロのウェブデザイナが語る〜
| 日本語には曖昧語が多い。ただファジーなだけなら良いが、肯定、否定の両方にとれる言葉があるので始末に悪い「いいです」「結構」「大丈夫」などだ。「風邪気味のようですが?」「大丈夫です」は、「健康状態に問題はないので心配しなくても大丈夫」という意味だ。しかし「コーヒーのお替わりいかがですか?」「大丈夫です」は、「いいえ、いりません」という意味。元を辿ればどちらも否定ではあるが、前者はポジティブ、後者はネガティブな印象を与える。 |
| よりストレスの少ない環境を求めて鞍替えを続ける人間に限って「ストレスが多過ぎる!」と常にこぼしている。いくら鞍を替えたところでストレスの全く無い環境などがありえあないし、よりレベルの低い、縛りのない、緩い組織に行けば行くほど、ストレスに対して弱い体になってしまう。そしてストレスから逃げようとすればするほどストレスが溜まっていくわけだ。ストレスは回避するものではなく克服するものだ。ただし克服するのは簡単ではない。しかし克服に失敗したからといって、すぐに回避に走るのでは意味が無い。常にストレスと戦う姿勢が必要なのだろう。 |
| 仕事の組織でもボランティア的な団体でも「他人に指摘される」「上から命令される」のはイヤなもんだ。だからなるべくそういった事のない緩い組織で気の良い仲間たちと平和に活動する。そうすればストレスも心労も少なくて済むということだ。しかしそんな環境で活動をしていたのでは進歩もなければ切磋琢磨しながら成長することもない。事業組織であれば、当然まともな収益を上げられずに倒産したり解散するのは時間の問題だ。ボランティア団体であれば、いつまで経っても運営側の自己満足だけで「社会への貢献」のつもりが社会にとっては「有り難迷惑」になっていたりもする。 |
| 納品をした後に「すばらしい!」「満足しています!」というようなコメントをもらう場合もある。しかし何度も細かい修正を依頼してきて、「またかよ…」と思いつつも要望通りに仕上げたにもかかわらず、納品後には何の反応もない、という場合もある。また一貫して無反応で請求額だけが振り込まれているという場合もある。とにかくお金が振り込まれていれば良しとするべきだ。クライアントにも色々な人がいて、色々な事情があるのだ。 |
| 友だちや知人、親戚などにプレゼントを渡す。しかしそれが渡された方にとって本当に嬉しいモノなのかは甚だ疑問である場合が多い。一応もらったときには喜んだフリをするのだが、べつに欲しいものではなかったり、趣味が全く合わない、同じようなモノを捨てようと思っていた、もらった時点で誰にあげようかと考えが過る、というモノも少なくない。これだけ価値観が多様化している時代に、自分の趣味だけでプレゼントを選んではいけない。確実に喜ばせるためには、そこに綿密なマーケティングが必要とされるわけだ。といっても普通の人はそんなことはやってられない。であれば渡す前に予め何が欲しいか本人に聞いておくのが得策であろう。しかし貰ったモノも使い道や置き場所も考えずに、モノを貰っただけで単純に喜ぶ人間もいるので事態はややこしくもなる。 |
| 「紅白歌合戦」という番組がある。伍代夏子が唄う瞬間に視聴率が下がるから後ろでAKBを踊らせる。トリは最悪の歌唱力を誇るSMAPというグループだ。日本という狭い市場では視聴率を下がらないように、あちこちにパッチを当てたコンテンツ作りになっている。またそんな番組でも観るミーハーがいるから潔く改革もできないのだろう。 |
| ドラゴンボールやドラえもんのように世界各国で再放送されているTVアニメなどがある一方、ほとんどのTV番組は国内向けにしか作られていない。自動車も家電も何十年も前から海外を視野に入れた「ものづくり」をしているわけだが、TV番組はいつまで経っても限られた国内市場での視聴率争いをしているからYouTubeという黒船にかっさらわれるわけだ。斜陽産業、衰退産業となるべくしてなったのだろう。携帯電話や電子書籍を見て何も危機感を感じないのだろうか。 |
| 使うほうは気分がいいかもしれないが、聞いてるほうは気分が悪いのが、この「百歩譲って〜」という表現だ。「仮に百歩譲ってキミの言ってることが正しいとしよう。しかしその方法が利益に繋がる可能性は99.9%無いと私は確信する」とかいうふうに使われる。実際に百歩譲って、つまり百歩さがってみよう。だいたい60mぐらいだ。ぞうぶんと遠くにさがる。これはもうほとんど譲歩している、つまり歩を譲っているに等しい。にもかかわらず、言ってるコトは全く譲っていない。 |
| 選挙演説である候補者が放射能の話をしていた。チェルノブイニの事故では1000km離れたスウェーデンやトルコで放射能によって子供達が亡くなったという意味のことを喋っていた。一体チェルノブイニの影響でスウェーデンやトルコで死んだ子供というのは何処からの情報なのだろうか?どこまで信頼できる情報なのだろうか?スウェーデンやトルコで死んだ子供がチェルノブイニの影響だということがどうやって証明されたのだろうか?恐らく現在の医学ではそこまでは証明できないだろう。政治家、いや候補者が大勢の人の前で喋る内容としてはあまりに無責任だ。 |